大きな誤りのあるNHK BS の番組 「フロンティア 日本人とは何者なのか」

 

縄文時代の位置

神澤秀明氏 提示資料 縄文人現代日本人や周辺地域との遺伝的関係

1.NHK BS(101チャンネル)で2023年12月6日(水)の21時に放映された

フロンティア「日本人とは何者なのか」に日本人の起源に関する大きな誤りがあるので指摘したい。以下に、主な誤りとその背景について述べたい。

当番組は、国立科学博物館の館長である篠田謙一氏が全体のまとめ役のようである。3つのチャプターからなり

 ① “最初の日本人”の正体

  縄文人現代日本人の遺伝的位置づけ(国立科学博物館 神澤秀明氏)や東南アジアのホアビニアン文化と縄文人の先祖の関係について説明している

 ② 今も残る“縄文DNA”の謎

  縄文人縄文文化について説明している

 ③ 激動の時代“新たなDNA”の謎

  弥生時代から古墳時代の日本人のDNAの変化を説明し、日本人の成立について新たな発見として今までの縄文・弥生の「2重構造説」に変わる「3重構造説」が提唱されている

画像については同番組から引用させていただいた(実際にはNHKオンデマンドで当番組を再度視聴しそこから画像を得た)。

 

1.縄文人の説明で「細石刃文化」を伝えた人の説明が全くない

3万年前以前に縄文人の祖先は東南アジアから来た。その数は1,000人くらいと説明されている。縄文時代の前は旧石器時代である。旧石器人は概ね東南アジアから来たと推測されているのでこの点は大筋正しいと思われる。しかし、約1万6千年前に始まったとされる縄文時代については草創期に北ユーラシアから「細石刃文化」が日本に入ってきて大きな影響を与えたと考えられている(「日本人はどこから来たか 東アジアの旧石器文化」(1988 加藤晋平 岩波新書)など)。但し、人数的にどのくらい来たか不明で遺伝的には旧石器人に埋没してしまった可能性があるが「細石刃文化」については番組では全く触れていない。

 

2.弥生人について稲作や金属器を日本にもたらしたと説明しているが彼らがどこから来たかの説明がおかしい上に、「3重構造説」というおかしな仮説を提唱している

覚張隆史氏 提示資料1 各時代における日本人のDNAの割合 

覚張隆史氏 提示資料2 弥生時代古墳時代に日本に渡来した人のルーツ

金沢大学の考古分子生物学助教 覚張隆史氏が縄文人骨9体、弥生人骨2体、古墳時代人骨3体のDNAを分析しその内容を表示したのが提示資料1の画像である。 そして現代日本人のDNAは縄文人弥生人のDNAだけでは4割くらいしか説明できず、古墳時代に大量に大陸から日本に人が渡来したとする「3重構造説」を主張している。そして提示資料2によると渡来弥生人のルーツは大陸の北東アジアから、渡来古墳人のルーツは大陸南部を含む東アジアなどからとしている。この「3重構造説」には篠田謙一氏も賛成しているようである。(注1)

 (弥生人という言葉には広い意味と狭い意味がある。広い意味の弥生人弥生時代に日本列島で生きていた人々を指す。狭い意味の弥生人は稲作をもたらした人および彼らの子孫である。実際には縄文人と程度の差はあれ混血をしていたので比較的遺伝的に渡来人に近い人々である。当番組では弥生人という言葉を広い意味で使用している)

 

しかし、これは全くおかしい。提示資料2の画像を見ると弥生人は稲作をもたらしたのに稲作地帯ではない北東アジアから来たことになっている。一方、古墳時代には大陸南部からも大量の人が来たことになっている。古墳時代には朝鮮半島との交流は活発だったが大陸南部から人々が大量に来たとは全く考えられない。

古墳時代に大陸の各地から日本に大量の人々が渡来したとするのは誤りである理由を更に述べる。

・前掲の神澤秀明氏の提示資料と矛盾する。現代日本人は中国、東南アジアとは遺伝的にかなり離れている。

弥生時代の終わりには日本の人口はかなり増えていたはずであり、古墳時代に日本人の遺伝情報が6割も変化するならば極めて大量の人が渡来しなければならない。

・海を越えて渡来する人は男性の割合が高いと推測されるが、篠田謙一氏の著書「日本人になった祖先たち」(2007 NHKブックス)によると男性のみが持つ遺伝子であるY染色体には大陸の影響は小さいと記述されている(もし、篠田氏が「3重構造説」に賛成しているならば自身の過去の著作との矛盾をどうするのであろうか)

そして仮に古墳時代に主として大陸から大量の人が渡来したならば

 ・文字を書ける人もいたはずであるがそのような渡来記録は残っていない

 ・文字を書けなくても伝承として彼らの渡来が種々語られているはずであるがそのような伝承も存在しない

 

なぜ、このような大きな誤りが日本人のルーツの常識が覆ると言ったタイトルをつけて説明されるのだろうか。

それは、DNAを調べたとする弥生人に問題があると思われる。2体と極めて少ない上に彼らが縄文系弥生人だった可能性が高い。つまり弥生人の分析と言いながら半分縄文人のDNAを調べていたと考えられる。弥生人骨のDNAと言っても縄文系弥生人の人骨を調べることになってしまったのであろう。更に、稲作地帯とされる中国の長江流域の古代人骨のゲノムが現時点で中国側から発表されていない。十分なデータがない状態で確定的なことを言うのは誤りである。

 

古墳時代には弥生系弥生人すなわち稲作を持ち込んだ人の子孫が多数派だったと思われる。すなわち古墳時代の人骨は弥生系弥生人のDNAを持っていたことになる。従って彼らが現在の大陸南部の人(稲作民)のDNAと共通性があるのは当然である。提示資料2によると現在の東南アジアの人との共通性も示されているが稲作文化の発祥地は中国の湖南省の辺りと考えられており古代に稲作民が東南アジアに南下した反映であろう。

 

繰り返すが、なぜこのような大きな誤りが発表されるのであろうか。それは一部のDNA研究者が歴史や文化を十分に知らず彼らだけで歴史を独自解釈しようとしていることが原因である。もっと一般の歴史学者、考古学者、言語学者の意見を参考にすべきである。またこのような人たちの意見も聞かず一方的に一部のDNA研究者の考えを、さも新発見のように放映するNHKにも大きな責任があると考える。

 

(注1)その後、12月13日22時放映のBSテレ東(171チャンネル)の「居間からサイエンス」(人類の起源&日本人のルーツ新説!DNA研究が劇的進化)(MC加藤浩次)の番組に篠田謙一氏が出演したが「3重構造説」に関連するような言及はなかった